【事件報告】護衛艦「たちかぜ」イジメ自殺訴訟  内部告発から得られた「完全勝利」

1 護衛艦「たちかぜ」イジメ自殺訴訟。護衛艦「たちかぜ」に乗艦していた21歳の1等海士が、先輩の2等海曹から執拗なイジメを受け、上官たちも2等海曹のイジメを放置し続けたことから、1等海士が自殺へと追い込まれた痛ましい事件について、国と先輩の2等海曹に対し、損害賠償を求めていた裁判です。
  被害者の自殺から今年の10月27日で丸10年になりますが、自分自身の中で、特に、絶対に負けられない裁判という気持ちで取り組んできた事件です。この事件で、2014年4月23日、ついに、東京高裁で、勝利判決を得ることができました。本当に最高の気分です。

2 判決の言渡は、通常は、裁判官が法廷に入って壇上の椅子に座ると、間もなく言い渡されます。しかし、社会的に注目を集め、テレビや新聞などで報道される事件では、判決の言渡の前にテレビカメラによる撮影が行われることがあります。
  この裁判でも、判決の言渡に先立ち、テレビカメラによる撮影がありました。テレビカメラによる撮影は、裁判官が法廷に入り、壇上の椅子に座ってから開始されます。個人的な経験の範囲の話なので正確でないかもしれませんが、撮影の時間は2分というのが一般的なように思います。
  2分というと短い時間ですが、判決言渡の前の2分間というのは本当に長く感じられます。法廷を静寂が支配し、身じろぎや咳払いをする人は一人もいません。そのような状況に加えて、何といっても判決の言渡を待つという状況が、余計に時間を長く感じさせます。

3 撮影が終わり、テレビカメラが撤収されると、裁判官が主文の言渡を始めます。刑事裁判で死刑が言い渡されるような重大な事案になると、主文の言渡が最後に回されることはありますが、民事・刑事を問わず、大半の事件は冒頭に結論である主文が言い渡されます。
  今回の判決でも、主文は冒頭に言い渡されました。裁判長が厳粛に主文を読み上げます。
  「主文、本件控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。」この瞬間、私たちが敗訴した原判決が変更されることが確実になりました。期待は最高潮に高まります。
  より一層、神経を研ぎ澄まして、裁判長の次の言葉を待ちます。
  「被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して○万円及びこれに対する平成16年10月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。」金額を聞いた瞬間、私たちが勝訴したことがはっきりしました。その金額は、被害者の自殺について加害者らの責任を認め、損害賠償を命じたと判断できるものでした。
  同時に、国が重要な証拠となるべき文書を隠していたことについても、裁判では損害賠償を求めていたのですが、その点についても、被害者の自殺に対する損害賠償とは別に、国の責任を認め、損害賠償を命じたことが主文の内容から分かりました。
  その時点で、新聞やテレビではお馴染みの光景となっていますが、裁判所の外にいる支援者や報道関係者に結論を伝えるための「旗出し」を行うため、担当の弁護士が法廷を静かに抜け出し、裁判所の外へと向けて走り出します。
  そして、裁判所の外で「完全勝利」の旗を誇らしげに掲げます。
  「勝った!」最高の瞬間でした。

4 イジメの被害者が自ら命を絶つという痛ましい事件は、昭和の時代から、幾つも裁判で争われてきました。被害者が陰湿で悪質なイジメを受けていて、イジメの原因が自殺にあることがはっきりしていれば、自殺について加害者や、あるいは学校や会社などに責任を負わせることを当然と思うのが、社会一般の自然な感覚ではないかと思います。
  ところが、法律の世界では、自殺は「特別損害」だと位置付けられています。つまり、イジメの被害者がみんな自殺するわけではないし、自殺は最後は本人の意思によって行われるものだから、普通は発生しない特別な損害であると扱われているのです。そのため、加害者らに被害者の自殺に対する責任を負わせるには、損害、つまり被害者が自殺することについて予見可能性が求められるのです。
  この自殺の予見可能性のために、これまで、多くの被害者の遺族が悔しい思いをしてきました。この裁判の第1審判決もそうでした。

5 今回言い渡された東京高裁の判決は、その予見可能性の壁を正面から完全に突破するものでした。
  裁判では、「たちかぜ」の幹部たちは、イジメの実態も、被害者が自殺を考えていたことも、いずれも知らなかったとする態度に終始しました。それは本当に無責任な態度でした。
  そのような「たちかぜ」の幹部たちに対して、東京高裁の判決は、乗員への聴き取りなどの調査を行えば、イジメの実態や被害者の置かれた状況を把握することはでき、それにより自殺を予見することは可能であったと判断しました。その上で、「たちかぜ」の幹部たちが、イジメの実態などを本当に認識していなかったとしても、そのことで責任が否定されるわけではないとも判決文の中で述べています。
  これは、イジメを防止して被害者を守るべき立場にいる者が、イジメの実態や被害者が自殺するかもしれない状況について、知らなかったでは済まされないということを示しています。イジメを防止する責任のある立場にいる者が、イジメの防止のためにやるべきことを怠っていたならば、イジメの実態や被害者の自殺の危険などを認識していなかったとしても責任を負わせるべきである、これは多くの人の自然な感覚に沿うものであると思います。
  そして、今回の東京高裁の判決は、これまで多くの被害者の遺族を苦しめてきた、自殺の予見可能性のハードルを下げるものとして高く評価できるものだと考えています。

6 同時に、今回の裁判では、第1審で国側の代理人を務めた3等海佐が内部告発を行い、「艦内生活実態アンケート」などの重要な証拠となるべき文書が隠されていることを明らかにしてくれました。
  隠されていた文書は、裁判の結論に大きな影響を与えました。3等海佐が、自らの身の危険を顧みず、勇気ある内部告発を行ってくれたことには、どれだけ感謝の言葉を述べても足りないくらいです。
  東京高裁の判決では、この文書の隠匿についても違法であるとして、被害者の自殺に対する損害賠償とは別に、国に対して損害賠償を命じました。
  国は、行政文書について、法律によって開示義務を課せられています。これを怠れば法律違反です。ところが、海上自衛隊では、本来行政文書として管理すべきものを「個人ファイル」なるものに綴じ、「個人ファイル」に綴じているものは行政文書でないとして法律に違反する文書管理を行っていました。その点を、東京高裁の判決は、明確に違法と断じたのでした。
  いくら行政文書について法律が開示義務を定めていても、国が恣意的に行政文書に当たらないと判断することを許していたのでは、法律が無意味になってしまいます。その意味では、東京高裁の判決が、行政文書として管理すべきものを行政文書として管理せず、開示を怠ったことを文書の「隠匿」にあたるとして違法性を認めたことは、情報公開制度のあり方との関係でも、とても意味のあることでした。

7 人は簡単に、悲しみは時が癒してくれるということを口にします。もっとも、私自身、この事件の原告の代理人を務めるまでは、そのように思っていました。
  しかし、この事件の原告と長く裁判を闘う中で、肉親を理不尽な形で奪われた悲しみは、絶対に一生消えることはない。そのことを痛感させられました。
  弁護士にとって、裁判の勝利というのは最高の喜びと栄誉でありますが、肉親を理不尽な形で奪われた原告にとって、その悲しみは、裁判の勝利によって癒されるものではありません。
  そうであるからこそ、イジメのような理不尽な形で、大切な命が失われる事態は、決して起こしてはならないのです。今回の裁判は、自衛隊内部で起きたイジメによる被害者の自殺という事件でしたが、イジメを絶対に許してはならないということは、全ての会社や学校に共通して当てはまることです。

8 東京高裁の判決に対して、国は上告を行わず、判決はそのまま確定しました。国が、東京高裁の判決を受け入れたということです。
  そうであるならば、防衛省・自衛隊には、一人一人の隊員の命と人権を最大限に尊重するという当たり前のことを今一度思い出して、自衛隊内部におけるイジメと自殺の防止に、徹底的に取り組むことを切望します。
  一つでも多く、同じ様な悲劇が繰り返されることを防止することが、理不尽なイジメのために21歳の若さでこの世を去った彼に対する償いと弔いになるのですから。(田渕 大輔)
.11 2014 基地問題 comment0 trackback0

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