建設アスベスト訴訟大詰めへ-働く者の命を守るために闘う


【神奈川建設アスベスト訴訟とは】
アスベストは、火に強い、電気を通さない、などの特徴をもつ天然の鉱物である。安価で加工しやすく、産業界では「奇跡の鉱物」と呼ばれて重宝され、建設資材などに広く使われてきた。しかしアスベストは発がん性があり、石綿肺、肺ガン、中皮腫という恐ろしい病気を引き起こす「悪魔の鉱物」でもあった。国と企業は、アスベストの危険性を知りながら、長期間にわたって知らん顔をして使用を拡大させてきた。
建設アスベスト訴訟とは、アスベスト粉塵がたちこめる現場で作業に従事した建設労働者とその遺族が、国と企業に本当の補償と救済を求めている裁判である。
【私が弁護団に入った日のこと】
今年2月、私がこの弁護団に入った日、50年も配管工一筋で働いてきた原告の大工Aさんの自宅を訪ねた。病気と闘いながら生きる日々をビデオに録画するためである。Aさんは、1964年の東京オリンピック前後の10年間の建築ラッシュの際には、日本全国の現場を飛び回っていた。そんな建築ラッシュの中で、アスベスト粉塵で真っ白に曇った現場で連日作業し、大量にアスベストを吸い込み続けた。
 Aさんは、少しずつ肺の機能が低下しとうとう働くことができなくなった。石綿肺だった。現在は、24時間、鼻に酸素吸入器をつけ、一日のほとんどを自宅のベッドの上で過ごす。家中に吸入器のチューブがはりめぐらされている。
 Aさんはベッドに座っているだけでも息が切れていた。「ゼゼゼゼッ、ゼゼゼゼッ」と自分なりの息遣いで、懸命に息をしていた。何の苦労を感じることもなく呼吸ができる自分が申し訳ないような、居たたまれない気持ちになった。
 Aさんは、アスベストでそんな状態になっても、自分のやってきた仕事に誇りをもち、また、呼吸が苦しいのに、私たちを笑わせようと冗談を交えて昔話をしてくれた。
 裁判で病気が治るわけではない。しかし被害者が声を上げなければ、働く人の命と健康を尊重する社会は絶対に実現しない。建設アスベスト訴訟は、そういう意義のある裁判である。
【5月20日の期日のこと】
 5月20日の期日で、私は、中皮腫のため56歳の若さで夫を失った遺族女性の尋問も手伝った。尋問で一番印象的だったのが、亡くなった前日の話である。
 女性の夫は、胸の激痛をやわらげるため投与したモルヒネによって、幻覚にさいなまれ通常の精神状態ではなくなっていた。亡くなる前日の夕方、女性の夫は正気に返って、お見舞いから帰ろうとした奥さんに「もう少しそばにいてくれ」と頼んだ。二人は、つけっぱなしのテレビを前に、何を話すでもなく、30分ほどの時間を病室で過ごした。医師からは2週間という余命を宣告され、女性は、夫の命が間もなく燃え尽きるのを覚悟していた。女性は「もう一度、家に連れて帰ってやりたい」と念じながら、旦那さんが眠りに就いたように見えたので家に帰った。
 翌日未明、容態が急変した。女性は、医師からの延命治療の提案をキッパリ断った。夫をさらに生かして苦しませ続けることは、耐えられなかったからである。
【結審に向けて気持ちを新たに】
 事務所には、多くの弁護士がこの神奈川建設アスベスト訴訟の弁護団に入っている。
 1次提訴から間もなく3年、1次原告の裁判は結審を迎える。提訴した後も原告が次々と亡くなっていく。もうひと踏ん張りし、勝訴判決を勝ち取りたい。(清水俊)
.11 2011 労働事件 comment0 trackback0

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